蝋石の冒険

駄菓子屋で蝋石を見つけた。あまりにも懐かしくて一本買った。つるつるとしたその手触り。そのつるつるを感じていると手が白くなっていく。白い手を見ながら「蝋石の冒険」を思い出す。

幼い頃、蝋石を手に入れると、友達と一緒に冒険に出かけた。知らない道をずっと歩いていくのだ。

道を曲がるとき、蝋石で矢印を書き、どちらに進んだのかわかるようにしておく。そうやって知らない道をどこまでも進んでいく。何キロも進んで、飽きた頃に帰ってくる。

知らない場所にたどり着くように、知らない方向へ右往左往。

見たことのない場所に行き、見たことのない風景や人やお店に出合って帰ってくる。

ほとんどの道は一度通れば覚えている。ときどき不確かになることもあるけど、たいていは平気だ。だけどもしものときのために矢印を書く。もし道がわからなくなったら大変だ。帰ってくる道すがら、ときどき、書いた矢印が消されて、間違った方向に矢印が書かれていることがある。そういうことが一度や二度ではない。物好きがたくさんいるものだ。僕たちはそういう未知の人間の介入に興奮した。そして、書き換えられた矢印のあたりをきょろきょろした。きっといたずらした人は、された人の反応をどこかで見ているだろう。

たいていは矢印をひとつ書き換えた程度だが、一度だけ、執拗に書き換えられていたことがあった。同じような筆跡で、連続的にいくつもの矢印を書き換えていた。矢印の書き換えなど、たいしたことではないのだが、幼い心には恐怖を感じた。どこまでもどこまでも、いくつもの矢印が書き換えられた。

結局、書き換えた犯人には一度も会わなかった。会ったらどうなったのか。遠い昔の思い出なのに、いまも思うとドキドキする。

たいていの矢印の書き換え犯には会っても笑ってすむような気がするが、あの執拗な書き換え犯にだけは会いたいとは思わない。