美保関と直方の隕石

江古田にキースというバーがある。
そこには場所柄か、漫画家や画家や放送関係の人たちがよく集まる。日大芸術学部が近くにあるからだ。ふらっと行くと、そこではじめて知り合った人たちと話が盛り上がる。ひさしぶりに行くと、いつか見た人がいたので話しかけた。

「こんばんは。お久しぶりですね」
「ああ、一年くらい前ですかね、お目にかかったの」
「そうでしたね。二年くらいたっていませんか?」
「そうでしたっけ?」
「酔ってのことなので、はっきりとはね」
「そうですね」
「今日はお一人?」
「はい。今日はちょっと飲みたくなってね」
「何か理由でもあるんですか?」
「ええ、不思議なことがあってね」
「どんな不思議なことですか? よかったら聞かせて下さい」
「聞いたらきっとビックリしますよ」
「聞きたい、聞きたい」

僕はラフロイグを頼み、彼はすでに目の前に置かれていたストレートのウィスキーをひと口含み、話し始めた。

「僕、バイクでツアーによく行くんです。もう十年くらい前かな。もしかしたら十五年くらいたつかもしれない。仲のいい友達とふたりで島根の方に走って行ったんです。美保関という町があって、そのあたりを走っていたとき、看板があったんです。『美保関隕石落下地はこちら』って。隕石が落ちた場所って、大きなくぼみになっていたりするのかなって思って、その矢印に向かって走ったんですね。そしたら、一般の家の前にモニュメントが建っていて、脇の看板に1994年12月10日にここに美保関隕石が落ちたと書いてあったんです。でも書かれていたのはそれだけじゃなかったんです」

彼は水を飲んだ。

「世界最古の、落下が目撃された隕石って、日本にあるのをご存じですか?」
「そうなんですか?」
「その看板にその直方隕石の話が書いてあったんです」

彼の話によると、直方隕石は800何年か、平安時代に福岡県の直方に落ちたそうだ。後日調べたら、正確には861年5月19日、当時の暦では貞観3年4月7日に、いまも直方市にある須賀神社に落ちた。

「なぜ美保関隕石の看板に、直方隕石の話が書いてあるのかというと、それがすごいんです。なんと、信じられないことに、そのふたつの隕石は、火星と木星の間に存在する小惑星帯の同じ星から飛んで来たというんです」

「まさか。同じ星から飛んで来たなんて、なんでわかるんですか?」

「落ちてきた隕石を調べると、成分や含んでいた希ガス、宇宙線生成放射性核種が誤差範囲内のまったく同じ値なんだそうです」

「なんかすごいことのようですね」

「調べてみて下さい。ものすごいことなんですよ」

「でも、それで飲みたくなったのはなぜ?」

「話はまだ続くんです」

「あ、続きを聞かせて下さい」

言葉とは裏腹に、この先を聞いてもいいのかと、ふと思った。

「その看板を見つけたとき、一緒に走っていた友達が、鳴滝っていうんですけど、そいつが何年かして結婚したんです。美紗樹ちゃんというなかなかの美人でした。結婚式に行って知ったんですけど、美紗樹ちゃんは旅行で行ったお祭に感激して、その話をはじめて出会った鳴滝にしたそうです」

「どこでその話をしたんですか?」

「ふたりには共通の友人がいて、飲み会で知り合ったそうです。その飲み会で、神幸大祭の話をした。そのお祭は五年に一度しかおこなわれないそうです。そのお祭の話をしたときに、美紗樹ちゃんはそのお祭のいわれを話すんです」

彼はウィスキーを飲もうとするが、手が少し震えていた。

「どうかしました?」

「いや、この話は普通じゃ話せないんですよ」

彼は明らかに震えだした。

「落ち着きますから待って下さい」

彼は手で口を覆い、カタカタ震えながらじっとしていた。三分くらいたっただろうか。彼はグラスのウィスキーを飲み干し、新たにマッカランを頼んだ。マスターは「はい」と答え、棚からマッカランを降ろす。

「失礼。その神幸大祭というのは、直方隕石が落ちた須賀神社で、直方隕石を公開するときにおこなわれるお祭なんです」

一瞬、意味がよくわからなかった。しばらくして理解したが、すぐには信じられなかった。話ができすぎだ。

「じゃあなんですか。鳴滝さんが美保関隕石の碑を見たあとに、直方隕石のお祭に感激したって話を、はじめて知り合った女性からされるんですか?」

「そうなんです。いきなりそんな話をされたら縁を感じるじゃないですか。それでふたりは結婚したんです」

「うっそー、すごい。すごい話ですね」

「そうなんです。それで三保関隕石の碑を一緒に見たのはこいつだって、鳴滝は、僕を美紗樹ちゃんに紹介してくれました」

目の前に新たに置かれたマッカランを彼はすする。

「鳴滝と美紗樹ちゃんと何度か一緒に飲みました」

彼はそこでまた震え始め、嗚咽した。隣で黙っているしかなかった。

「美紗樹ちゃんが先日死んだんです」

やっぱりと思った。

彼は震えながら言った。

「隕石に当ったんです」

僕は思わず「それはあり得ない」と言った。

「僕もそう思います。鳴滝が家に帰ったら、ダイニングに倒れていたそうです。血を流して」

「家の中で隕石に当ったんですか?」

「はい。天井と床にも小さな穴があいていたそうです」

彼は震え続けた。

「今日、告別式でした。そこで鳴滝は言ったんです」

彼は震えた手でマッカランのグラスをつかみ、あおった。

「隕石のように、来世でも美紗樹を追ってくって」

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