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自分と向き合う時間@レゾナンスCafe Vol.020 【数とレゾナンス】開催報告

自分と向き合う時間@レゾナンスCafe Vol.020 【数とレゾナンス】開催報告

自分と向き合う時間@レゾナンスCafe Vol.020 【数とレゾナンス】開催報告

平成30年3月14日(水)午後7時から、BVハウスにて講師として八田直美さんをお招きして、「自分と向き合う時間@レゾナンスCafe Vol.020 【数とレゾナンス】」を開催しました。

毎回講話者の紹介をしています。数秘術というものがどんなものなのか、僕にはわからなかったので、wikipediaで調べました。するとピタゴラスが由来だと書かれています。それでピタゴラスを調べると、ピタゴラスはピタゴラス教団という謎の結社を作っていたことがわかりました。それを調べるとこんなことが書かれていました。

ピタゴラス教団は特定の数に神秘的な性格を見出しており、その教説の一端がプラトンの『国家』第10巻の宇宙像に現れているとの指摘がある。

『国家』は大学生の頃に読んだなと思い、書棚を探しました。そして、その第10巻を調べると、きっとコレが数秘術の意味の一部だなと思う箇所を見つけました。

プラトンの著作はだいたい一対一か数名での対話になっています。『国家』の第10巻には「一度死んであの世に行き、その様子を伝えなさいと言われ、この世界に戻ってきた」エルという人の話がでてきます。エルは魂の行き先に行くと、天球がはずみ車のようにまわっていました。

はずみ車とは左のようなもの。このコマの部分がこのように表現されています。

一つの大きなはずみ車が、その内側をすっかりくり抜かれてうつろになっているなかに、それよりも小さい別の同じような車がぴったりとはめこまれて、ちょうど椀が椀の中にぴったりおさまったようなぐあいになっている。そして同様にして、そのなかに第三の車、第四の車がはめこまれ、さらに、あと四つの車が、つぎつぎとはめこまれている。つまり、それらの車は全部で八つあって、上から見るとその縁(ふち)は、いくつもの円を示し、軸棒を中心として、全体がたった一つのはずみ車であるかのように、その連続した表面を形作っているのである。軸棒は、八番目の車の真ん中を貫きとおっている。

世界の名著第七巻「プラトンⅡ」中央公論社刊『国家』田中美知太郎ほか訳より

そして、その円を指してこんな説明をしていく。

 これらのはずみ車のうち、第一のいちばん外側の車の円形の縁が最も幅広く、外側から第六番目の車の縁が第二番目に幅広く、そのつぎに幅広いのは第四番目の車の縁であり、つぎは第八番目のそれ、つぎは第七番目のそれ、つぎは第五番目のそれ、つきは第三番目のそれ、つきは第二番目のそれ、となっている。

いちばん大きな車の縁は、飾りをちりばめたようにきらきらと輝き、外側から第七番目の車の縁は、その光が最も明るく、第八番目の車の縁は、第七番目のそれに照らされて色彩をもらい受け、第二番目と第五番目のそれは、たがいに似かよった色合いをもっていて、さきの二つよりも黄色がかっている。第三番目のそれは、最も白い色合いをもち、第四番目のそれは、やや赤みを帯び、第六番目のそれは、白さにおいて第二番目である。

紡錘の全体は、同じ方向に回転して円運動をおこなっているが、回転するその全体のなかで、内側の七つの円は、全体と反対の方向にゆっくりと回転する。このの七つのなかでは、外側から第八番目の円が最も速く動き、第七番目・第六番目・第五番目・の円がそのつぎに速く、たがいにいっしょに動く。第四番目の円は、彼らに見えたところでは、逆もどりの円運動をおこないながら、三番目に速く動き、第三番目の円が四番目に速く、第二番目の円が五番目に速く動く。

紡錘は、アナンケの女神の膝の中で回転している。その一つ一つの円の上には、セイレン(もとはその歌声で人の心を魅惑する妖女のこと。ここでは表に上げた星のことを指す)が一人ずつ乗っていて、円といっしょにめぐり運ばれながら、一つの声、一つの高さの音を発していた。全部が八つのこれらの声は、たがいに協和しあって、単一の音階を構成している。

ほかに三人の女神が、等しい間隔をおいて輪になり、それぞれが王座に腰をおろしていた。すなわちアナンケの女神の娘、モイラ(運命の女神)たちであって、白衣をまとい、頭には花冠を戴いている。その名はラケシス、クロト、アトロポス。セイレンたちの音楽に合わせて、ラケシスは過ぎ去ったことを、クロトは現在のことを、アトロポスは未来のことを、歌にうたっていた。そしてクロトは、ときどき紡錘の外側の輪に右手をかけて、その回転をたすけ、アトロポスも同じようにして、内側の輪に左手をかけて、その回転をたすけている。ラケシスは、左右それぞれの手でそれぞれの輪に交互に触れていた。

世界の名著第七巻「プラトンⅡ」中央公論社刊『国家』田中美知太郎ほか訳より

紀元前400年頃に、こういう宇宙観があったのですね。そしてこの話は、きっと占星術や音楽にも関係することとなるのでしょう。そして数秘術によって導かれる人間の運命についてと思われる、こんなことが語られます。

 さて、魂たちは、そこに到着すると、ただちにラケシスのところへ行くように命じられた。そこには、神の意を伝える役の神官が一人いて、まず彼らをきちんと整列させ、ついで、ラケシスの膝からたくさんの籤と、いろいろの生涯の見本とを受けとってから、高い壇にのぼって、つぎのように言った—
『これは、女神アナンケの姫御子、乙女神ラケシスの御ことばであるぞ。
命はかなき魂たちよ、ここに、死すべき族(やから)のたどり、死に終るべき、いまひとたびの周期がはじまる。
運命を導く神霊(ダイモン)が、汝らを籤引き当てるのではない。汝ら自身が、みずからの神霊(ダイモン)を選ぶべきである。
第一番目の籤が当たった者をして、第一番目に一つの生涯を選ばしめよ。選んだその生涯に、以後、彼は、必然の力によって縛りつけられ、離れることができぬであろう。
徳は、何ものにも支配されぬ。それを尊ぶか、ないがしろにするかによって、人はそれぞれ、徳をより多く、あるいは少なく、わがものとするであろう。
責めは、選ぶ者にある。神には、いかなる責めもないのだ』
神官は、このように言うと、並居る者たちすべてに向かって籤を投げ与えた。それぞれの者は、自分のところに落ちた籤を取り上げたが、エルだけは除外された。彼には、そうすることが許されなかったのである。籤を取り上げた者はそれぞれ、自分が第何番目を引き当てたかを知った。
そのあとで、神官はもう一度、さまざまの生涯の見本を彼らの前の地上においたが、その数は、そこにいた者の数よりもはるかに多かった。

世界の名著第七巻「プラトンⅡ」中央公論社刊『国家』田中美知太郎ほか訳より

今回、八田さんにひとり一人数秘術のチャートを作っていただきました。そこには15ほどの数字が書かれていて、それぞれそれらがその人の一生を決める数となっていました。どの数にどのような意味があるのかを示す簡単な表を頂き、自分の人生をそこから解釈していきました。自分の人生がまさにその通りと言い当てられたようで不思議な感じがしました。

八田さんによれば、これは占いのようであるけどちょっと違うともいいます。つまり、「あの世で引いた籤ではあるが、それを知った上で自分がどのように生きるかは別のこと。一生の傾向をそれで知ったら、それを利用して生きていくといい」とのこと。実は『国家』の引用部分の続きに、その話が書かれていました。

 ありとあらゆる種類の生涯の見本が、そこにはあった。あらゆる動物の生涯があったし、人間の生涯も、あらゆるものがそろっていたからである。たとえば、そのなかには僭主の生涯もあったが、それも、一生つづくものもあれば、途中で亡びるものもあり、貧乏や追放に終わるもの、乞食になりはてるものもある、というぐあいであった。名高い男たちの生涯もあったが、そのあるものは、姿かたちの点で、容貌の美しさの点で、あるいは強さの点で、競技の腕前の点で名高い男たちの生涯であり、あるものは、氏素性と先祖の功業において名高い男たちの生涯であった。また、こうした点にかけて反対の男たちの生涯もあり、同様にして女たちの生涯にも、種々さまざまなものがあった。

ただし、魂そのものの性格をとくにきめるような見本は、なかった。これは、魂は、それぞれが選んだ生涯に応じて、おのずから必然的にそれぞれ異なった性格を決定されるからである。しかし、右に挙げたようなそれ以外のさまざまな条件は、たがいに混じりあい、冨や貧乏と混じりあい、あるいは病気と、あるいは健康と混じりあっている。また、これら冨と貧乏、健康と病気の中間の状態にあるものもある。

けだしこの瞬間こそ、親愛なるグラウコン(プラトンの兄)よ、人間にとってすべての危険がかかっているのだし、そしてまさにこのゆえにこそ、われわれ一人一人は、ほかのことを学ぶことをさし措いて、ただこのことだけを、みずから探求し、人からも学ぶように心がけねばならないのだ。もしそのための能力と知識を授けてくれる人を見いだして、学ぶことができるならば。そうすることによってわれわれは、〈善き生〉と〈悪しき生〉とを識別し、自分の力のおよぶ範囲で、つねにどんなばあいでも、より善いほうの生を選ぶことができるようにならなければならぬ。

世界の名著第七巻「プラトンⅡ」中央公論社刊『国家』田中美知太郎ほか訳より

参加者はそれぞれに自分の一生の意味を知り、それについて考えました。みんなそれぞれに納得がいったようでした。僕の場合は、確かにそのように指摘され、そう考えると確かにそう思える点があり、なんでそんなことがわかるんだろうと不思議な気分でした。

いただいたチャートは一年ごとに変化するので、また来年おこないたいと思います。

記 宝生明

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