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	<title>N次元 &#187; コミュニケーション</title>
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	<description>現実はN通りの解釈が可能だ</description>
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		<title>多次元の感覚を受け入れる</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Mar 2015 07:10:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[akira]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[グリッター・ゆき]]></category>
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		<description><![CDATA[グリッター・ゆき 実加子がそこまで混乱するって珍しいわね。それだけ混乱してもらえると、こっちもやりがいがある。 &#8230; <a href="http://www.houshouakira.com/n_dimension/?p=33" class="more-link">続きを読む <span class="screen-reader-text">多次元の感覚を受け入れる</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>グリッター・ゆき</p>
<p>実加子がそこまで混乱するって珍しいわね。それだけ混乱してもらえると、こっちもやりがいがある。ウフフ。</p>
<p>多次元的感覚が当たり前になると「歴史上の人物にも会えて、どこにも行けて、でもそれって単なる妄想でしょう？」っていうのはよくわかる。この世界の常識ではそう。もちろんそれでもいいの。そういう世界の見方もある。でも、別の見方もあるのよ。</p>
<p>たとえばさ、聞いた話なんだけど、バシャールって宇宙存在の話知ってる？　いまでもその本は買えるわよ。1980年代にそこそこ流行ったらしいんだけど、その宇宙存在は人々に「ワクワクしなさい」ってことを伝えたんだって。当時はね、つらい思いをしている人に「ワクワクしなさい」なんて言ったら、「お前バカじゃねぇの？」って言われるような社会だったんだって。まあ今でもそういうこと言う人はいるだろうけど、当時ほどではないみたい。つまりね、当時の人は「悲しいときは悲しい」し「うれしいときはうれしい」と、感情というものは事実のようにしっかりあるものだと思い込んでいたの。そこに来てさ、バシャールとかいう宇宙存在？が、「ワクワクしなさい」って言ってもさ、みんな「なに言ってんの？」ってな感じだったんだって。ところがさ、それを受け入れる人がじわじわと増えてきて、いまでは自己啓発的な本にはみんな似たようなことが書かれているのよ。「つらいときこそ楽しいときのことをイメージしなさい」とか、「逆境こそがあなたを育てるチャンスです」とかさ。かつての常識ではあり得ない話だったのよ。それがさ、世の中の常識が「ワクワクしなさい」に移行するとさ、猫も杓子もそれが当たり前みたいな状態になっちゃうの。</p>
<p><span id="more-33"></span></p>
<p>最近イスラム国の話でさ、この前NEWSWEEK読んでいてびっくりしたんだけど、イスラム国を操っている母体はスーフィーと呼ばれるイスラムの高僧だってなことが書いてあったんだけど、あれって迷惑よねぇ。だってさぁ、スーフィーがまるで悪魔よ。たくさんいるスーフィーのうち、一人かふたりそういう人がいるかもしれないけど、スーフィー全体が悪魔みたいじゃない。まぁその話はいいや。とにかくね、スーフィーに伝わる面白い話がたくさんあるのよ。そのひとつがいまのバシャールの話に似ているの。</p>
<p>あるとき、聖者が村にやってきて、「これから降る雨は人を狂わせるから、みなさんはいまのうちに水を溜めて、降って来る雨の水を飲まないようにしなさい。飲まなければ狂わずに済む」という予言をしていくの。ところが村の人たちはそんな予言はすぐに忘れて、降ってきた雨を飲んでしまうのね。するとみんな狂いだす。ところが、聖人の言葉をきちんと守っていた人がひとりだけいたの。その人は村人たちが狂っていく状況をどうしようもなく見ていたんだけど、狂った人たちからすると正常な人こそが狂っている人に見えるわけ。そこで正常な人に狂った人たちが「正常になれ」と迫るのね。あまりにもしつこいので根負けして、正常な人は降って来た雨水を飲むわけ。するとその村では、その男は「奇跡的に狂人から正常に戻った男」と賞賛されるの。</p>
<p>多次元的感覚ってのも、常識になれば「あっそ」ってなもんで、「そんなことも分からないの？」と言われるようになっちゃうのよ。たとえば「ワクワクする」感覚を持つということが常識になると、それを使ってメンタルヘルスを保つ人が増えるわけ。そうするとそれは当たり前のことになっているから誰もそれを問題視しないし、それを基盤に市場や社会が作られる。</p>
<p>でさ、たとえば夢を見たとするじゃない？　とっても不思議な夢をワタシはみました。その話をします。それを聞いた人の気分が良くなったり悪くなったりするじゃない。すると行動に変化が現れるわよね。その変化はきっと他人にも影響するのよ。怒っている人のまわりは怒りやすくなるし、和んでいる人のまわりは和みやすくなる。ね。だから人はみんないつも和んでいる方がいいの。でも、それを決めつけるとダメなのよ。本当は怒っているのに、和んでいる雰囲気を一生懸命出そうとしている人のそばっていづらくない？　そういう人がそばにいるとこっちも同じように何か我慢する雰囲気になっちゃうでしょう？　それがダメなのよね。怒っているときは素直に怒って、それを流せばいいの。流さずに溜め込んで我慢しているとギスギスするのよ。今の社会、とってもこの状態だなって感じるときがある。</p>
<p>で、多次元なんだけど、自分はここにいるの。だけど、思いはあっちいったり、こっちいったりするのよねぇ。思いがあっち行ったりこっちに行ったりって、意味がわからない人がいるかもしれないけど、つまりね、きちんと思うとそれだけで思いは思っている場所とか時間とかに薄くだけど行くの。実体が行く訳じゃないのよ。思いがうっすらとその時間や場所に行くの。ネガティブなときそれって、生霊とかって言われるけど、ポジティブな生霊もいるからね。それって多次元の世界をある存在が行き来しているってこと。その存在は自分の一部であることがあるので、きちんとその感覚を育てれば、誰でもそういうことができるのよ。</p>
<p>ん？　ワタシ？　ワタシはそういう修行してないから普段はできないけど、ときどきやっちゃったかな？って思うことはあるわよね。あなたたちはないの？　たとえば、親が死ぬとき「あっ」とかわかったりしない？　ワタシはわかったの。それとか、遠くにいるのに、何か思っていることをとても親しい人に伝えたり。まあ偶然かもしれないけど、そういうことがときどきできてしまうことを感じることがあるのよ。でもさ、それをいつもできるかっていうと違うのよねぇ。なんかとても大変な緊急時とかにそういうアンテナが立つんじゃないかな。ビッとかいって。否定する人って、「いつもやらないと嘘だ」みたいなこと言うけど、それってどうかしら？　自分ができることを否定して、何かいいことあるのかしらね？　普段はできないかもしれないけど、できるときにはできるのよ。そういうものだと思って、普段はその能力を磨くための何かをしていればいいのに。その能力を磨くのに一番なのは「嘘をつかない」だと思う。それから「愛する」ことね。</p>
<p>テレパシーもさ、結局はコミュニケーションなの。するとさ、コミュニケーションが取れる存在でいるってのがとても大切なわけ。ワタシがオカマになっているのはさ、ワタシの感覚に正直だからよ。だからときどきそういうことができるというか、起こるというか、そういうことなんだと思う。</p>
<p>それから、テレパシーでつながるのは、そういうことが許せる関係の人だけなの。そういうことが怖いと思っている人にはそういうことは起こらない。「怖い」と思うことで回路を閉じているから。それからたいてい誰にでも何でもわかられたら嫌じゃない？　だから、この人には知られたくないなと思うと、それで回路が閉じるのよね。で、その回路は多次元の世界を通っているような気がするの。証拠があるわけじゃないのよ。多次元の世界はこの三次元、四次元の世界にははっきりとは現れて来ないから。</p>
<p>たとえば、二次元は分かるでしょう？　平面の世界。あそこに立体を表現しようとしてもできないじゃない。でも立体の影なら映せるでしょう。そんな感じで、三次元四次元の世界には、多次元世界の影のようなものは反映されているのよ。だけどそれを私たちは明確にこれと見ることはできない。でもあるの。</p>
<p>のどが乾いちゃった、もう一杯ビール飲んでもいい？</p>
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		<title>人類が進化することはあるかもしれないけど、分化はどうかな？</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Mar 2015 06:56:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[akira]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大介]]></category>
		<category><![CDATA[イルカ]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[ジョン・C・リリー]]></category>
		<category><![CDATA[ロボット]]></category>
		<category><![CDATA[分化]]></category>
		<category><![CDATA[宇宙]]></category>
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		<description><![CDATA[大介 実加子のいうこと、ほとんどわかるしそうだなと思うけど、人間が分化していくってのはどうかな？ 進化するのは &#8230; <a href="http://www.houshouakira.com/n_dimension/?p=25" class="more-link">続きを読む <span class="screen-reader-text">人類が進化することはあるかもしれないけど、分化はどうかな？</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>大介</p>
<p>実加子のいうこと、ほとんどわかるしそうだなと思うけど、人間が分化していくってのはどうかな？</p>
<p>進化するのはすると思うよ。でもさ、たとえ宇宙に出て行って骨が柔らかくなって、からだがまるっこくなっても、数世代の間は地球にいる人と宇宙に行った人の間でも子供は作れるだろうから、互いの形質を交換しながらひとつの種として存続するんじゃないかな？　よほど生きている場所が離れてしまえば難しくなるだろうけど、そういう時代になるのはずっと先だろうし、実際そうなるかどうかはわからないんじゃないかな？　たとえば、遠い宇宙に行くときはロボットが行ったりするようになるんじゃないかな？　まあ、分化する可能性がまったくゼロというわけではないかもね。</p>
<p><span id="more-25"></span></p>
<p>分化したら、それぞれの生息域で生きている元人類の新しい種が生まれて、新しく生まれたそれぞれの種がコミュニケーションの回路を継続的に維持していたとしたら、違う世界のことを知ることができていいかもね。でも、違う世界に生きて、違う感覚を育てた者同士、コミュニケーションってできるのかな？　まあイルカと人間がコミュニケーションできるんだとしたらできるか。そしたらそれをきっかけにして他の種族、イルカとか象とか、ある程度のコミュニケーション能力を持った生物とのコミュニケーションのヒントになるかもね。でも、それほどまでに時間が経たないと、他の種族とのコミュニケーションが取れないとは思いたくないな。</p>
<p>イルカの脳を研究したジョン・C・リリーが面白いことを言っているんだよね。正確な言葉は覚えてないけど、だいたいこんなこと。</p>
<p>「人はイルカとコミュニケーションができるようになったら、そのときはじめて地球外生命体が人間に語りかけて来るだろう。イルカという他の種族とコミュニケーションが取れることを知って、やっと人間が安心してコミュニケーションのできる種族になったと言って」</p>
<p>この考え方に僕はとても響いたんだ。そうそうって。人間は、人間としかコミュニケーションの取れない種族なんだよ。学ぶことはまだたくさんあるんだろうね。だから、まずは身近にいる動物や、もしかしたら植物とのコミュニケーションを、しっかりと学びたいな。学ぶというより楽しむのかな？</p>
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		<title>それは微妙ね</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Mar 2015 06:53:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[akira]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[実加子]]></category>
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		<description><![CDATA[実加子 大介クン、返信ありがとう。 大介クンはイルカに同調できるからいいわね。でも、多くの人はそんなこと考えも &#8230; <a href="http://www.houshouakira.com/n_dimension/?p=22" class="more-link">続きを読む <span class="screen-reader-text">それは微妙ね</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>実加子</p>
<p>大介クン、返信ありがとう。</p>
<p>大介クンはイルカに同調できるからいいわね。でも、多くの人はそんなこと考えもしないし、感じないものよ。それが問題だと思うの。問題というか、もったいないと思うと言った方が正確かな。</p>
<p>ある科学者が「人間はもう進化しない」と言ったそうだけど、私はそんなふうには思っていない。人間も生物であるのだから進化する。たとえば、いままで放射性物質にはほとんどさらされていなかったけど、311のおかげでかなりさらされてしまう状態になってしまった。その結果、人間はやむなく進化というか、変化せざるを得なくなる。その結果、何が起こるのか、これから数十年、数百年で未体験ゾーンに突入するんだろうけど、それを人類は受け入れるしかないのよね。同様に、いままでなかったものが次々生まれることで、人間は影響を受けて進化していく。</p>
<p><span id="more-22"></span></p>
<p>宇宙に出て行くことも進化のきっかけよね。水のなかにいた生物が陸に上がってきて進化したように、重力圏内にいた生命が重力圏外に出て行けば自然と変化してしまう。人間はいま一生懸命重力圏外に出ても身体的変化が起きないように頑張っているけど、それはもう無理だと思う。重力圏外に行ってしまえば、身体は確実に変化してしまう。現在の私たちは人間は四肢があって、目があって、鼻があって、口が一つで、と思っているけど、重力圏外に出たときどう変化していくのかは行ってみないとわからない。そして、そのような変化を人類が受け入れるかどうかが問題になって来ると思う。</p>
<p>ニワトリを遠心分離機で育てた話って知っている？　ある科学者が、もし1Gより大きな重力でニワトリを育てたらどうなるかを調べたくて、遠心分離機で何ヶ月かニワトリを育てたんだって。すると、ニワトリの写真をフォトショップで縦の比率を圧縮したような姿のニワトリになったんだって。重力に耐えて立っているために筋肉が発達して、骨が太くなったそうよ。だからもし重力が少なくなれば、きっと縦長でひょろっとしたニワトリができるんだと思う。でも、それだって、数ヶ月だけのことだからね。もっと長かったら、さらにどんな変化が現れたのか興味がある。そして、もし無重力の状態になったら、上下という感覚がなくなってしまうので、球に近い生命体になるのではないかと言われている。つまり、人間も丸くなるかもしれないのよ。馬鹿げていると思うかもしれないけど、本当よ。</p>
<p>話がちょっと飛んでしまったわね。なんでこんな話したのかしら？　そうそう、進化。進化の過程で私たちは常識の崩壊を体験する。それはたいてい知らず知らずのうちに起きて来る。たとえば、30年前にスマホの話をしても、絶対信じてもらえなかったそうよ。知り合いのおじさんが、「いつか携帯電話が小さくなって、そこでスケジュール管理も書類の処理もできるようになる」と言ったら、当時のコンピューター製作に関わっていた人が、そんなことは絶対無理だと喧嘩したって話を聞いたことがある。でも、いまでは「そんなことあったの？」って感じよね。</p>
<p>だから大介はある意味、人類の進化の過程の先っちょにいるんだと思う。そして、その先っちょは、いろんな分野に生まれつつあって、本当に他人の自由を許していけば、いろんな人類が生まれてくるんじゃないかと思うの。水の中で生きる人類とか、無重力で生きる人類とか、動物とコミュニケーションを取る人類とか、コンピューターのデータ処理に追いついていく人類とか。そうなっていくと、人類というくくりはもっと別のくくりになっていくわよね。それを許すかどうか、いまの私たちがどう考えるかにかかっていると思うの。もしみんながみんな平均的な「よい子」を作りましょうって教育を続けていったら、そういうふうにはならないかもね。そうなっていくのは、正しいか間違ってるかって枠を超えて変化を受け入れていくときだと思う。でもそれってなかなか言いにくい問題だと思う。</p>
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		<title>動物に同調しようぜ</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Mar 2015 06:39:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[akira]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[大介]]></category>
		<category><![CDATA[イルカ]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[鳥]]></category>

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		<description><![CDATA[大介 ほら、俺ってさ、イルカと泳ぐじゃん。するとなんかピッタリと同調するときがあるんだよね。いつもじゃないけど &#8230; <a href="http://www.houshouakira.com/n_dimension/?p=17" class="more-link">続きを読む <span class="screen-reader-text">動物に同調しようぜ</span> <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>大介</p>
<p>ほら、俺ってさ、イルカと泳ぐじゃん。するとなんかピッタリと同調するときがあるんだよね。いつもじゃないけど、ときどき。でもそれは他の人よりずっと多いと思う。</p>
<p>実加子のいうことわかるし、素敵だけど、動物に同調しないなんて考え、まだ固いね。俺はイルカと同調するし、鳥ともときどき同調する。完璧じゃないよ。でもさ、人間にとっての完璧と、イルカや鳥にとっての完璧とは、どこか違うんだよね。それがうまく言えないから、、、なんかね。</p>
<p>だいたいさ、人間があらゆることを言語で表現できると思っていることがまちがいでしょう？　たとえばさ、俺が夢を見たとして、その夢ってとても変だったら、うまく言葉にはできないよ。たとえばさ、俺がグニョ〜って溶けて変な光を浴びながら地球の中心に行ったとするじゃない？　この話聞いていろんな人がアニメでそのときのことを表現したとしたらさ、そのアニメは同じものにはならないと思わない？　それと同じでさ、人間が思う動物の感じって、言葉に縛られていてさ、「かわいい」とか「愛しい」とか言うけどさ、それって人間の都合でできた言葉だから、動物にとってはどうでもいいことなわけ。動物にとってはさ、もっと原初的なというか、ちょっとそれは違うな、そう、その動物特有の感覚があるだけでさ、人間の言葉的感覚とは違うのよ。それを表現するのはできない。イルカの感覚と鳥の感覚は違うし、ましてそれらと人の感覚も違う。それを同じ言葉で表現しようとしたら、いろんな間違いが起きる。人間だって、言葉が違えば感覚変わるじゃん。日本語使っているときはどうしても目上とか目下とか考えて言葉使うから、俺たちみんな兄弟だぜって感じにはなりにくいけど、英語だと簡単だよね。人間でも言葉が違うだけで感覚が違うんだぜ、まして身体が違う動物を、本当の意味でわかるってのは、だからとても難しいことだと思ってしまう。でも、それが人間の枠なんだよな。言葉の枠をはずせば、動物とだって分かり合える。でもそれは、言葉的に分かり合えるのとは違う「わかりあえる」なのよ。わかる？</p>
<p><span id="more-17"></span></p>
<p>だからさ、人間は「わからない」って簡単に言っちゃうけど、「わからない」って言っちゃったらそれで終わりでしょう？　それ以上考えないから。</p>
<p>犬とか猫とかさ、人間の言葉がわかっているような奴がいるじゃん。あいつらはさ、言葉がわかって行動するんじゃなくてさ、人間の何か言葉を超えた全体性のようなものを感じて、言葉をきっかけとして同調しているんじゃないかな？　そういう体験が積み重なって、いつか言葉だけでも理解できるようになるのかもしれないけど、それって一部の特徴的な言葉だけだよね。奴らが理解するのは俺っていう存在の、言葉より深いなにかなの。人間はその深いなにかについてあまりいろいろ考えずにたいてい言語ですませちゃうから動物とのコミュニケーションが難しいんだと思う。もっと全体を感じるんだよ。</p>
<p>イルカと泳ぐじゃん。奴らさ「チューチュー」とか「ピー」とか鳴いているんだけど、俺、それは全然理解できない。でもさ、一緒に目を合わせて泳ぐことはできるし、いま曲がると感じて一緒に泳いでいる方向変えたりもできるし、そういうことが「チューチュー」とか「ピー」とか言わなくてもできるんだよ。まずはそれが大切だって思うんだよね。偉い学者先生からは「そんなのイルカを理解したことにはならない」って言われちゃうかもしれないけど、俺はそれがイルカとのコミュニケーションだと思うし、それがイルカを理解したことの一部だと思うんだ。だいたいさ、人間だってそんなに分かり合ってないぜ。俺のカノジョとだって、たいていはラブラブだけどさ、しょっちゅう喧嘩するもん。本当に俺はあいつのこと理解しているのかって考えると、「どうもしてねぇ」としか言えねぇ。えらい学者先生はよっぽど家族とか奥さんのこと理解しているんだろうねぇ。これ皮肉だよ。わかる？</p>
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